国蝶オオムラサキの生態

なぜ国蝶と言われているの?

国蝶オオムラサキ切手国蝶を制定する話し合いは1930年代から始められていました。オオムラサキのほか皇室の名前がついているミカドアゲハやアゲハチョウも候補にあがりましたが、正式に決まらないまま時が過ぎました。その後、郵政省が動物切手の一つとしてオオムラサキを取り上げたことをきっかけに、日本昆虫学会では1957年、オオムラサキを国蝶と定めました。国蝶と呼ぶにふさわしい気品あるオオムラサキは、日本全国で愛され続けています。

栗山は生息の北東限地域

世界のオオムラサキ分布図オオムラサキは世界的にみると主にアジアに分布し、中国、台湾、韓国、日本などでみることができます。その中で北海道は北限にあたります。札幌市で数カ所に生息していることが古くから知られていましたが、1980年代に大発生があり、その後、道内の他の地域でも生息が確認されるようになりました。北海道の中でいうと生息の北限は現在のところ浜益村、東限が栗山町です。

栗山にしかいないオリジナル種「クリヤマエンシス」

クリヤマエンシス栗山町の南端の滝下地区のオオムラサキ集団は、世界的にみてもどの集団とも異なる斑紋をもつと言われ、1996年、日本蝶類学会の専門誌「バタフライズ」に新亜種として記載され登録されました。ファーブルの森観察飼育舎ではネットの中で「クリヤマエンシスkuriyamaensisu」の飼育展示を行っています。

なぜオオムラサキを保護しているのか?

オオムラサキと雑木林オオムラサキの幼虫は、エゾエノキにすみつき、葉を食べて成長します。やがて羽化し蝶となってからは、ミズナラやハルニレなど樹液を出す木に集まり、その汁を吸って命の源とします。そして、樹皮に傷をつけて樹液を出してくれるのは、例えばスズメバチやクワガタムシなど、他の昆虫や鳥の仲間などです。つまり、オオムラサキが生息するためには、さまざまな種類の木が入り混じった生きもの豊かな雑木林がなくてはなりません。よって栗山町では、町内の身近な自然環境を守るシンボルとしてオオムラサキを保護しているのです。
栗山町は冷温帯性植物から亜寒帯性植物分布への移行地域に位置し、クリ、エゾエノキあんどの北限の種や南限の種が入り混じって植生しています。昆虫や小動物、淡水魚なども同様です。このような特徴をもつ栗山町の自然風土を象徴するのがオオムラサキなのです。

めぐるいのち「オオムラサキの一生」


(1) 7月下旬頃、エゾエノキの葉などに卵をうみつけます。一匹の母蝶は300〜500個の卵を産みます。 オオムラサキと雑木林
(2) 10日くらいたつと、ふ化しますが、天敵のカメムシなどに食べられてしまう卵も多く、ふ化できるのはごく一部です。ふ化した幼虫を1令幼虫といい、体長は3ミリくらいです。エゾエノキの葉の表面に糸をはいて居場所をつくり、天敵の活動が少なくなる夕方に移動して別の葉を食べ、また居場所に戻ります。やがて脱皮し2令幼虫になります。 オオムラサキと雑木林
(3) 脱皮をくり返し、大きくなっていきます。エゾエノキの葉が黄色に色づき始める10月ころには4令幼虫となり、体の色を褐色に変え、天敵の目をまぎらわせます。木の葉が散り始めると、幼虫は幹をつたって木を降り、根元の落ち葉の間にもぐりこんで越冬します。 オオムラサキと雑木林
(4) 終令幼虫になると体長約6センチメートルに成長、エゾエノキの葉の裏面に糸をはき、葉の根もとに尾の端をつけて頭を下に向け、最後の脱皮をしてさなぎになります。 オオムラサキと雑木林
(5) 長い冬の間、落ち葉の下で過ごした幼虫は、雪どけとともに活動を始め、エゾエノキをのぼります。芽吹いたばかりの新葉を食べ始めるころには、また葉と同じ緑色になって脱皮を繰り返し成長します。 オオムラサキと雑木林
オオムラサキと雑木林
(6) さなぎになって約15日間たつと羽化し、美しいオオムラサキとなって空に飛び立ちます。羽を広げると7〜9センチメートル、雑木林の上を力強く飛び回ります。ファーブルの森観察飼育舎での羽化の最盛期は、毎年7月上〜中旬にかけてとなります。 オオムラサキと雑木林