議会運営委員会会議録抜粋(付託議件審査のみ)


                 平成23年9月29日 午前9時30分開会


1、出席委員は次のとおりである。
    委員長              置 田 武 司  君
    副委員長             大 西 勝 博  君
    委員               友 成 克 司  君
    委員               置 田 武 司  君
    委員               重 山 雅 世  君
    議長               鵜 川 和 彦  君
    副議長              八木橋 義 則  君

2、欠席委員は次のとおりである。

3、従事した職員は次のとおりである。
    事務局長             衣 川 秀 敏
    事務局主査            森   英 幸


4、説明員は次のとおりである。


5、本会議の付託議件は次のとおりである。
  請願第1号 栗山町議会議場の「日の丸」掲揚の中止を求める請願

    (日程3は省略)

請願第1号 栗山町議会議場の「日の丸」掲揚の中止を求める請願

委員長(置田武司君) [ 1 ] 委員の出欠状況は事務局長報告のとおり定足数に達しておりますので、ただいまより議会運営委員会を開会し、直ちに本日の会議を開きます。
 日程第1 会期についてお諮りいたします。会期につきましては本日1日としたいと考えておりますが、ご異議ございませんか。

                          〔「異議なし」という人あり〕

委員長(置田武司君) 異議なしと認めます。よって会期は本日1日で決定をいたしました。それでは休憩をとり本日の日程及び進め方について局長より説明をいたします。

                          休憩  午前9時31分

                          再開  午前9時32分

委員長(置田武司君) 再開いたします。日程2第付託議件審査に移ります。
 請願第1号 栗山町議会議場の「日の丸」掲揚の中止を求める請願を議題に供します。
 ここで第1号に対する参考人質疑を実施してまいりたいと存じます。参考人に出席をしていただくため休憩をいたします。

                          休憩  午前9時33分

                          再開  午前9時34分

委員長(置田武司君) 再開をいたします。この際、請願者でございます稲毛淳さん、佐藤巧さん、須田幸子さんにひと言お礼を申し上げます。
 おはようございます。私、議会運営委員会の委員長をやっております置田でございます。
 今日は大変お忙しい中、早朝より参考人ということでお集まりをいただきましてありがとうございます。この件につきまして、参考人の方々よりいろいろなご意見等をいただきながら忌憚のない委員会にしていただきたいと考えておりますし、質疑、討論もございますので、だいたい午前中で終わりたいと予定をしておりますがよろしくお願いいたします。本日はどうもありがとうございます。
 それでは請願第1号栗山町議会議場の「日の丸」掲揚の中止を求める請願書全文を局長であります衣川より朗読をさせます。事務局長。
事務局長(衣川秀敏君) [ 2 ]  それでは朗読をさせていただきます。

請願第1号 栗山町議会議場の「日の丸」掲揚の中止を求める請願書

  提出年月日  平成23年8月30日  
              提 出 者  栗山町朝日3丁目96番地76  稲毛  淳  
                     栗山町松風2丁目292番地   佐藤  功  
                     栗山町角田126番地22    須田 幸子  
              紹介議員                   重山 雅世  
   
栗山町議会議場の「日の丸」掲揚の中止を求める請願書  
   
請願の趣旨  
   
 栗山町議会では、去る6月21日、全員協議会で議長の発案により論議もなく短時間で議場への「日の丸」の掲揚が決定されたとのことです。  
 「日の丸」は、「君が代」とともに「国旗・国歌」として1999年、当時の学校現場での義務づけによる混乱などの社会問題を受け、国民的論議なしに、そして性急に強行決定されたものであることは周知の事実です。  
 「日の丸」は、国民に塗炭の苦しみを与えた太平洋戦争の旗印であり、アジア諸国民への侵略のシンボルとして使われたものです。「日の丸」をふって若者を戦場に送った、肉親をなくした、財産を失ったという苦しい思いを持つ人が今もたくさんいます。制定時には、アジア諸国から「軍国主義の亡霊を思い起こさせる」「日本軍国主義の旗と歌を正当化」「『日の丸』『君が代』をかかげて近隣諸国を侵略し、アジア人民に残した悪夢は今なお消し去るのが困難」「日本の戦争の過去をかきたてる『日の丸』『君が代』の法制化」などと論調されました。  
 法制化されたとはいえ、このような背景を持つ「日の丸」にさまざまな感情・意見が国民の中に存在しています。当時の政府も「国旗の掲揚を義務づけるものではない」と答弁しています。  
 町議会の議場は、町民の多様な意見を代表する議員が町政に関するさまざまな問題について、自由闊達に議論し、審議をつくす場であります。したがって、町議会こそ中立公正が求められ、「思想、信条の自由」が厳しく保障されなければなりません。  
 町議会議員の内心の自由を「日の丸」掲揚で侵されたとしたら、議会の見識が問われてくるでしょう。  
 なお、これまで60数年間何の支障もなく議会運営が続けられてきたこと、「日の丸」が「国旗」として法制化されてからも10数年が経過しているなかで、なぜいま議場への掲揚なのか理解できません。  
 また、町民のための議会である議場にかかわる問題を、町民の前での論議もなく全員協議会で安易に決定できるものではないと考えます。  
   
 以上の理由から、「日の丸」に抱く町民のさまざまな感情を考慮しなければならないこと、また町議会議員の「思想、信条の自由」を確保するということから、栗山町議会議場の「日の丸」掲揚の中止を求めます。  

   以上です。
委員長(置田武司君) ただいま、請願第1号 栗山町議会議場の「日の丸」掲揚の中止を求める請願書全文を局長より朗読説明を終了したところでございますが、御三方参考人の方におかれましてはただいまの請願内容について、この時点でさらなる補足説明がございましたら簡潔にお願いしたいと思います。稲毛参考人。
参考人(稲毛淳君) [ 3 ]  趣旨のところで大方は語り尽くしているのですけれど、日の丸についてどのような考えを持つかということについて、私自身、ちょっと付け加えてさせていただきたいと思います。
 1940年、昭和20年終戦の時、私は小学校3年生でした。そのときに私もそうですし、友達もそうですけれど、将来大人になったら何になるかということですけれど、選択肢はたった1つしかありません。兵隊になるということです。その中では例えば航空兵がいいとか戦車兵がいいとかというのはありましたけれど。それをもう小学校3年生の時に思い込まされていたというのが実態です。さらに戦争との関係で言えば、私の兄は3人戦場に赴きました。長兄は海軍だったので、後でいろいろ調べてみましたら、よく生きて帰って来られたものだと。南太平洋をずっと回っていましたから、どこで撃沈されていても不思議はなかったのですが生きて帰ってきました。次兄は出征近くなったら徴兵制度の年齢が下がりましたので、徴兵ではなくて、どうせ行かなくてはならないだろうということで、志願して18歳になったかどうかだと思いますけれど、戦場に赴きました。これは昭和20年になってからですから、外地へ行くということはなかったので、生きて帰ってきました。そして三兄はもっと小さい時、少年飛行学校というのがあったのです。義務教育はその時国民学校という名前になっていましたけれど、6年のあと大抵の者は進学しない場合は高等科2年で終わるのが普通でした。この三兄は高等科2年の途中で飛行学校へ行ったので国民学校しか卒業していません。もう1年遅ければ、あるいは特攻隊員として太平洋の藻屑になっていたかもしれない。そういうのが兄弟のこととして覚えております。
 私の生まれたところは小さな集落でしたけれど、その中には私の知っている近くの農民さんたちが戦争に行って戦死をした、あるいは戦病死をした、あるいはもう一軒なんかは長い間抑留されていたので、お嫁さんも子どもさんもいたのですが帰って来ないということで連絡がないものですから、弟さんと結婚をして家を継いで農業をやっていたら本人が帰ってきたと。そういうことが私がいたような小さな集落でもありました。そんなことを考えたらこの日の丸というのがどういう歴史的な血を持っていたのかということが自分の立場からも考えることができると思います。
 その後ここに書いておりますけれど、法制化されたのはようやく10年ちょっと前です。しかしその前からどうするかということを何の論議もなく、そのままなし崩しに国旗、国歌という取り扱いをされてきたと思います。
 私が一番今気になっているのが国際的な認知を受けているということで、特にスポーツが好きなものですから、スポーツの分野などで国際試合、あるいは一位になれば国旗が上がりますよね、それぞれ3つの。それを見たときにそういう過去の歴史を知らないまま、この日の丸が国旗ということになって、特にサッカーの試合などは最近若い人たちは何も知らないものですから、胸に手を当てて中には君が代を10数年前はあまり歌わない者もいたのですが、今はみんな歌っているという感じになっているのです。何も知らないだろうと思うのです。そういうことをさせているということを非常につらい思いで見ています。特に中国をはじめとしたアジアの侵略された各国の若者たちは自分の祖父や父親たちが殺されたのがいっぱいいるわけでしょう。1,000万人死んでいるわけですから。そういう人たちがどんな思いで見ているのか、それを思うといたたまれないような気がいたします。ですから私はスポーツ好きですから見ますけれど、サッカーの試合が始まる前は必ず消します。そして試合開始の時間になってから見ます。見ていられないという気がいたします。それからメダルをもらう時でもメダルをもらうところまでは見ていますけれど、最後に旗が上がるところは絶対に消します。そういうふうに私は実際に戦場に行くのではなかったですけれど兄弟が行った。あるいは近くのお兄さんお姉さんたちが行ったということを考えたら、その日の丸、君が代が1999年に非常に短い時間で国民には浸透しない、そこにも書いてありますけれど、アジアの各国からはこれをまた日本の軍の亡霊が生き返ったのではないかと思われるようなものだということを考えたら、いくら法制化されたと言っても、そこで趣旨にも書いてありますけれど、やった当人が義務づけるものではないということを言わなければならないような国旗、国歌だというようなことも考えて、それと議場にそういうものが必要ではないのではないかと。改めて町民の中には私のような者もいると思いますし、あるいはもっと年配の方、戦争に行ったという体験を持たれる方はまもなく亡くなっていく頃だろうと思いますが、そういう方の思いのためにも、一応表向きは国旗、国歌になりましたから必要なところはやらなければならない場合もあると思います。しかしそれを議会に持ってくるということはないようにしていただきたいというのが私の気持ちです。若干付け加えさせていただきました。
委員長(置田武司君) ありがとうございます。須田参考人。
参考人(須田幸子君) [ 4 ]  稲毛さんがおっしゃったことと重複するのですが、私の母が南港からの引揚者なのです。戦局が悪くなってきてから、「白旗の少女」を皆さんご存知かと思うのですが、あのような形でジャングルの中を逃げまどいました。そしてそこで家族、両親と兄弟2人を亡くして、小さな弟1人を連れて16歳のときに引き揚げてきております。そこで米軍の爆撃ですとかそういったものから逃げていたわけなのですが、その時もうひとつ恐れなければならなかったのが日本兵だったそうです。食糧がなくなってきたから、そういった逃げまどっている人たちを襲って食料を強奪した。そこからも逃げ回って、そして亡くなった肉親を土に埋める体力もなく引き揚げてきています。そのトラウマというのは死ぬまで続いておりまして、戦争の場面とかテレビなどで暴力場面を見るのは嫌がり、果てはボクシングやプロレスなんかもまともに見られなかった。日の丸を見るのも嫌がっていました。母にとってみれば、日の丸はイコール戦争、イコール10代の前半生きるか死ぬかの中でジャングルを逃げまどって、その中で足手まといの子どもが木に括りつけられて助けを求めている姿とか、死にかけた人たちが水を求める姿を見ながら、それを見過ごして逃げ回ったという過去が思い浮かぶということで、もう亡くなりましたけれど、そういった思いを死ぬまで持っておりました。そうした方はつらくて口にはできないけれど、この栗山にもたくさんいらっしゃるのではないかと思います。
 この日の丸がそのままの形で国歌、国旗として法制化された。これについて過去の戦争ということがきちんと討議されないまま風化していくということが私にとってはとてもいたたまれない。個人的感情と言われればそれまでですけれど、こういったことをもっともっと語り継がなければいけないという立場から今回議場に日の丸を掲げるということに対して強い抵抗を持っております。以上です。
委員長(置田武司君) ありがとうございます。佐藤参考人。
参考人(佐藤功君) [ 5 ]  1999年法制化当時、アジア各国で新聞記事に立て続けに批判の論調が掲載されました。その論調は日の丸と君が代を日本軍国主義の旗印だということで、アジア諸国の人たちは歴史を忘れてはいないという点では全く共通しているのです。国際的認知ということでよくグローバル化されたと言っていますけれど、これらの満州事変の発端ということで道新の朝刊9月19日に出ていましたけれど、80周年を迎えたということで、18日に中国各地でいろいろと報道が行われたのですが、その中で若者が日の丸を燃やすということが起こったのですね。これは道新に出ていたのですけれど、そういう形でまだまだアジア諸国では歴史的な侵略ということで忘れられない事実があるのですよね。だから日本ではよく認知されたからもういいのではないかとありますけれど、実際はそうではないということです。
 それともうひとつですけれど、法制化されたあと、栗山町議会の日の丸掲揚はしないことが議会にとって何も支障がなかったのですね。今までずっと10何年間ないのに逆に私は掲揚しなければならない理由を逆に聞きたいぐらいですね。だからなぜ今掲揚しなくてはいけないのかということが私はすごく疑問に思っています。歴史というのはいつ何があったかではなくて、過去に過ちをおかした事実は事実として客観的に学び、二度と過ちを繰り返さない。これらの歴史の教訓が重要だと私は思っております。たから今回の議会で日の丸の掲揚ということで、まったく全員協議会ですか、決定権がないところで決められている、町民に明らかにして、それで出すのならいいのですけれど、決定権がないところで決められて掲揚したということはすごく私は納得いかないです。
 栗山町はすばらしい議会基本条例というのがあるのですけれど、そこにも透明化と言われているのですけれど、なかなかそういうところは透明化されていないところがあるのがすごく疑問に思っています。以上です。
委員長(置田武司君) ありがとうございます。以上、請願者である参考人の方からご意見、補足の説明をいただきました。今の請願第1号について参考人への我々議会運営委員会の委員のメンバーとしての質疑に入りたいと考えます。
 それでは我々委員からの請願者に対する質疑を行います。質疑はございませんか。友成委員。
委員(友成克司君) [ 6 ]  ちょっと雑談的な話をさせていただきたいと思っています。今、請願書を聞かせていただきました。また参考人のお話も聞かせていただきました。そこで立ち入る気持ちはまったくありません。ただ私はこの文章の中で残念だと思うところがあるのです。と言いますのは重山委員もいますが、すべての議件において消化不良で通過するような義務はないのです。重山委員に熱い票を託してこうして議員活動奮励されて期待されている。ですからこの文章の中でそのようなタイミングを探しているような文章が書かれているのが大変残念だと思っております。
 それからスポーツの話が出ておりましたが、私もスポーツは大好きな人間ですが、現在日本の国旗は日の丸であります。私は以前から日の丸反対、反対という意向も十分承知もしていますし、思想も十分承知しております。なぜ新しい国旗を提案して対峙していかないで実現できないのかなとどうも疑問でならないのです。日の丸にこだわる理由なんてまったくないのですから、私たちは。現在の国旗は日の丸なのです。そういう感をすごく思っているところでございます。この請願につきましては第1号ということで紹介いただきましたけれど、今後も少数意見がすべて請願が出てくるという栗山議会になった場合、大変危惧していかなければならないと思っているわけであります。議会は論議する場所でありますから。住民の代表としてバッチをつけて自分の心の思いとして奮励しているわけでありますから、議長も同席しておりますので、この点につきましても慎重に対応してと考えているわけであります。後ほど討論もあるようでございます。その時点で中身について討論させていただきます。
委員長(置田武司君) 稲毛参考人。
参考人(稲毛淳君) [ 7 ]  1つ目がよくわからなかったのですが。3点くらいにわたっておっしゃられていたのかなと思うのですが、1つ目の部分がちょっとよくわからない。
委員長(置田武司君) 友成委員、もっと簡潔にお願いします。
委員(友成克司君) [ 8 ]  中身につきまして私は踏み込むことはないということです。私は皆さん方の考えに反論する何もありません。私が立ち入るところではないということですが、ただ、重山委員に固有名詞を使わせていただきましたことは「議論もなく」という言葉がございます。誰が文章化されたかわかりませんけれど、こういう表現で対峙されたということは大変残念だと思うのです。常々精一杯意見を出して精一杯奮励している重山委員でございまして、この表現が大変残念だと思うわけであります。現在の日本の国旗は日の丸でありますので、私は何もいうことはないという対極的は見解です。
委員長(置田武司君) 稲毛参考人。
参考人(稲毛淳君) [ 9 ]  1点目の「論議もなく」という点についておっしゃられましたけれど、これについてこちらでどうこういうことは私のほうではないのではないかと。側聞で書いたものですから。議会議場で論議されたものならもっと詳しく知ることができるのですが、そういう時間もたぶん取られていなかったのだろうということで記述したので、文言そのものに問題があれば、それはその文章を抜いても短時間でというのはたぶんあたっているのではないかと思います。
 それから2つ目の現国旗の件ですけれど、そういう人たちが、友成議員はそうではないかもしれない。もっと若い人は言われたようなことかと思います。だから先ほど話したようにそれこと胸に手を置いて歌う状況が若者たちの中で出てきています。ただ、三国同盟、それから枢軸国だったのは、つまり第2次世界大戦の主な国は日本、ドイツ、イタリアですよね。イタリアもドイツも元の国旗や国歌を使っているところはないのです。1946年と1949年にドイツもイタリアも今の三色旗に変わりました。ドイツは逆鍵十字というナチスヒットラーの旗で戦争をやったわけですけれど、もちろんそれは葬り去られています。イタリアはムッソリーニが、鷲が何かを使っているような国旗だったのですけれど、それがこれも三色旗、縦の三色旗と横の三色旗があるのですけれど、どちらがどちらだったか忘れましたけれど、三色旗に変わっています。ですから、そういう意味ではその中で変えないままにきたということがやはりおかしいのだろうと思います。憲法学者によれば政治の体制がまったく変わったわけですから、万世一系の天皇の国だったのが、国民主権、国民全体の国になったのです。新しい憲法だと言われたのです。そういう国になったのにその時点で国旗、国歌をどうするのかという論議をしていなかったというのがやはり日本の歴史の中での異常だと思うのです。
 ですから、確かにこれだけ広がっていったら日の丸は日本の国旗だというのが他の国から見てもそういうのは広がっていると思いますけれど、しかし実際にそこのところを考えてみたら、この日の丸が本当は1946年、昭和22年に憲法ができたといえば昭和23年頃には当然一緒に論議をされて、その時に日の丸になっていたかもしれません。私はそうはなっていなかっただろうと思います。それをしないでおいて40何年、50年経って、日の丸の卒業式で校長さんが亡くなったというのを受けて急遽法制化したという問題を私はもう一度振り返っていただかなければならないのではと思います。
 それから3つ目の少数意見の問題については、ちょっとこのものとの関係では論議というか回答すべきことではないのかなと思いますので、それについては触れません。触れるとすれば少数だろうと多数だろうと町民の声ですから、それがそれでもって議会が左右されるということはないわけだと思いますし、その点についてはこの問題とは別ということで考えさせていただければと思います。
委員長(置田武司君) 友成委員。
委員(友成克司君) [ 10 ]  今、私も同じような認識を持っておられるなと。なぜ日の丸が変わらなかったのかなと、私もそう思うわけでありまして、なぜ私たち戦後何十年経った中でこの悪所が国を変えなかったのかと大変残念でならないのです。その点はどう思いますか。
委員長(置田武司君) 稲毛参考人。
参考人(稲毛淳君) [ 11 ]  いろいろと説はあるようですが、私はそんなに詳しく調べているわけではないので、特に戦後すぐの頃というのは、まだ小学校あるいは中学校ぐらいのことですから、その頃日本の政治情勢やその頃の為政者が何を考えてどうしていったのかというのは十分にわかりかねますけれど、ただ私は昭和32年から小学校の教員をしていましたから、その点でわかるのは、学校に日の丸、君が代なんていうのは私が就職した昭和32、32年頃は何にもありませんでした。だからそういう点で校長さんと対決するなんてこともまったくありませんでした。何もなかったのですから。しかしいつの間にか、先ほど言ったように普通であれば憲法が変わったわけですから、当然変わるべきものをそのまま残してきて、そしていつの間にか国民の中にも定着した、国際的にも認知されたという格好でそのままきていたという、そこにはやはり戦後の日本の歴史をどうしていくのかというものの流れとの関係で見ていかなければならないところがあるのではないかと思います。戦争との関係でもうひとつ不思議なのは、3年生ですが私は「鬼畜米英」という言葉もちゃんと知っています、教わりましたから。小学校3年生でしたけれど、軍艦で上のほうだったら10いくつくらい、ついこの間まで暗記していました。今75歳に近くなりましたので消えていきましたけれど、そのくらい歌ったということを考えたらそのままにしてきたことの中には鬼畜米英であれば今一番日本がどうとかと言っている人たち、本当はアメリカが日の丸を容認するというのは不思議だと思うのです。そういう歴史との関係があるのかなと。そこに君が代を国歌にするということについては先ほど言ったように「君」の「代」ですから、君の代が永遠に続くというのは国民主権ではありませんから、そういう問題でやらなかったものをやはり10数年前、校長さんが亡くなったということで急遽決定したということも歴史の流れとしてしっかり見ておく必要がある。これはもう終わったことではないと思います。日の丸、君が代の問題は。以上です。
議長(鵜川和彦君) [ 12 ]  委員長、質問してもいいですか。
委員長(置田武司君) 議会運営委員会は、議長、副議長はオブザーバーということなのですけれど、議長も副議長も出席しているわけですから、その範囲の中で認めます。鵜川議長。
議長(鵜川和彦君) [ 13 ]  お許しをいただきましたので、質問させていただきたいのですが、私の頭を整理する意味で聞きたいと思います。
 私は町のシンボルである町旗、国のシンボルは国旗を掲揚したということなのです。国旗は日の丸ではなかったらいいのかどうか、その辺をまず聞きたい。私は国旗という考え方です。
 もうひとつは歴史の話なのですが、稲毛参考人から枢軸国、日、独、伊ですね。しかし、その時連合国側、例えばアメリカ、イギリス、やはり20世紀に入りまして、みんな帝国主義でそれぞれ国を侵略していたはずです。例えばフィリピンはアメリカの植民地でしたし、ベトナムはフランスの植民地であったはずです。それから満州というのですか、それからアヘン戦争以降はロシアなんかもそうとう侵略をしているわけですね。ソ連もそうですが。ですからあの当時はみんな侵略を行っていたはずなのです。日本は敗戦したからそう言われるのではないかという感じを受けるのですけれど、その辺は見解があればちょっと聞かせていただきたいと思います。
委員長(置田武司君) 稲毛参考人。
参考人(稲毛淳君) [ 14 ]  先ほどお話したように、もし本当に国民的に定着、そうは言ってもいろいろな論議を深めたとしても全員が一致でこの国旗がいいとなるかはわかりません。しかし、終戦後新しい憲法ができた段階でしっかりした国民での討議を経たうえで新しく決まったものがあったとすれば、私は先ほど言ったようにそういう国旗にもしなっていたとすれば、メダルをあげたあとも日の丸を見て涙を流すかもしれませんし、あるいはサッカーの選手たちが見て感激しているのを私どもも一緒に見られるだろうと思います。
 しかし、今見ているのはそういう歴史を経たうえでのまだそれこそ国際的には認知されていないという問題、それから日の丸の中身を若者たちにしっかりと教えていないままのものということでは、私としてはこれを国旗として公的に決まったとはいえ認めるわけにはいかないと思うのです。
 あとの問題は歴史観によって違うということもありますけれど、しかし一般的に大多数の部分で言えば連合国といっても、そのもっと昔でいえばフランスもどこもそこら中に植民地をつくっていたというものがありますけれど、第2次世界大戦のことだけを言えば、やはり日、独、伊の侵略的なやり方というのは確認されているところなのではないかと思います。ですから一緒には考えられないだろうと。
委員長(置田武司君) 須田参考人。
参考人(須田幸子君) [ 15 ]  今のご質問の歴史観のことなのですが、連合国が資本主義、帝国主義ということで侵略を繰り返していたと。それで日本、ドイツ、イタリアもそうだった、同じではないかというご趣旨だったのかなと感じられたのですが、侵略をしたということについて私は同じだと思います。ですけれど、侵略された側にとってはあちらからもやられた、こちらからもやられた、だから両方とも同じくらい悪いから受け入れろということには決してならないと思います。私、数少ない趣味のひとつが僻地の旅行で東南アジアのほうに安いパックツアーで何回か行っているのですが、その中で日本軍と戦った人がいるとか、そういった話も聞いています。そこではまだやられたということが過去になっていない。ですから、海の中に日章旗ですか、日の丸をつけた飛行機が沈んでいるよというのを見せられたことがあります。国際的な認知という点からいくと、国際的には戦前、戦後ともひとつの流れとして捉えている方がまだたくさんいる。そして、その表れのひとつが今回の中国での日の丸を燃やすとか、日の丸を燃やすという行為は中国だけではなくてアジア各地で何か日本に問題があった場合起きていますけれど、それは決して現在の日本に対する行為だけではなくて、戦前からの日の丸に対する抗議と私は感じております。以上です。
委員長(置田武司君) ほかに委員の皆さんからも参考人に対する質疑を受け賜わります。大西委員。
委員(大西勝博君) [ 16 ]  ひとつ確認させていただきたいのですけれど、今回の請願につきましては、議場に対する日の丸の掲揚の問題だけですよね。今いろいろな話をされていますけれど、これは全体の話だと思うのです。今回請願で出されたのは議場の上での掲揚は中止してくださいという請願ですよね。その辺の確認をちょっとさせてください。
委員長(置田武司君) 稲毛参考人。
参考人(稲毛淳君) [ 17 ]  ここに出したのは今回の議場の日の丸掲揚の問題ですから、そういう意味で言えば議場の分ということになります。ただその時に議会というのが町民全体の意思をどういうふうにまとめていくかということでの議会だと思いますから、そういう意味では町民の中に日の丸に対するいろいろな思いを持っている人がどれだけいるか、なぜそんな考えや思いを持っているかということを知っていただくために今のことをお話したわけで、そういう意味では議場の分ということで考えていただいて結構だと思います。
委員長(置田武司君) 佐藤参考人。
参考人(佐藤功君) [ 18 ]  先ほども言ったのですけれど、法制化されて以降栗山町の議会でこの10何年間日の丸掲揚はなかったのです。議会にとって今まで何もなかったのに、なぜ今日の丸を掲揚しなければいけないのか私は議会が理解できない。そういうことで私はすごくそういうように思ったのです。逆に本当に聞きたいぐらい。理由がわからないのです、なぜ掲揚しなければならないのか、すごく疑問に思います。以上です。
委員長(置田武司君) 議運の中で答えることはちょっとできないのでご意見として伺っておきます。
 ほかにありませんか。三田委員。
委員(三田源幸君) [ 19 ]  私も若くて戦争をあまり知らないといえば知らないのかもしれないですけれど、うちの母は戦後樺太から帰ってきたという体験をしていますし、よくそれも聞かされてきました。こういう戦争の体験、歴史などは本当に語り続けて、受け続けなければならない。だからこそ戦争は反対だということをうちの子どもたちにも教えたいと思っております。今、テレビですとかいろいろなメディアでも旗を振るというのを目にします。ですからもっと国旗を表わして、それはそういうものですよという子どもたちに教えて、それで戦争反対だと、戦争はしてはいけないということを教えていったほうがいいのかなと思うのですけれど、それについてどうでしょうか。
委員長(置田武司君) 稲毛参考人。
参考人(稲毛淳君) [ 20 ]  日の丸が残ってきていましたから、その段階では今言われたようなつもりで、日の丸を見るときとか、それからいつの間にか音楽の教科書の中に君が代が入りまして、もちろん私は教えたことはありませんけれど、でも6年生なんかのことでいえば歴史を教えながら、日の丸がこういう役目も果たしてきたし、そういう大変な戦争を乗り越えてきたのだから、これからはそういうことを絶対にやらせてはいけないという意味では触れてきていると思います。ですから、今法制化されてしまったわけですから、でもその歴史というのを忘れるわけにはいかないということで考えていかなければいけない。そういうことの意味でこの請願をしているというようにとっていただければと思います。
委員長(置田武司君) 三田委員よろしいですか。
 八木橋議員、オブザーバーですけれどどうですか。
副議長(八木橋義則君) [ 21 ]  まずは3人の方のお話を聞いて、まったくそのとおりだと思って了解しております。戦争の悲惨さを訴えられたので私も戦前の生まれでございますので、十分わかっております。3歳ぐらいのときに国道にコンクリートの塀間の中に入って防空壕がわりにB29が飛んでくるのを避けたということがその時にあったと思っています。ただそれも終戦後長崎、広島に投下された原子爆弾のことを毎年毎年テレビで放映していますよね。皆さん方もご存じのとおり、小さいお子さんから大人まで戦争というのは悪魔だということで、我々もそれに対しては焼きついています。毎年毎年そのことを植えつけられていますから、国民は。何人かではなくて全国民の皆さん方が知っています。ただそのことによって国旗、国歌が責任あるのだろうか。戦争で国旗、国歌が何をしたのだということを、今戦後66年経ってみて、国旗がどうしたのだろうか、国旗が戦争したわけではないのだと私はとらえているのですけれど、これに対してお答え願いたいと思います。
委員長(置田武司君) 稲毛参考人。
参考人(稲毛淳君) [ 22 ]  請願にも書いておきましたけれど、侵略の旗印だったと書いてありますから、そういう意味でおさえていただければいいのではと思いますけれど、もうひとつのことで言えば、出征して行った若者を見ていましたけれど、必ず日の丸に「武運長久」と書いてその周りの人たちは、本当はお母さんなどは「絶対生きて帰ってきてくれ」と書きたかったでしょうけれど、それは書けないのですよね。ですからいろいろな鼓舞するような言葉を書いたものをそれでも持って出かけたのです。ですから、そういう意味で言えば日の丸そのものが侵略戦争の時代にはまさに旗印だったと思います。
 もう片方でご存じあるかわかりませんけれど、日の丸には武運長久と書いて、武運長久はやはりしっかり勝って帰ってきてほしいという意味が込められていると思います。それだけではなくて本当に生きて帰ってきてほしかった人たちは徴兵来てからたいてい2日ぐらいで出て行きました。千人針を集めるのに大変な苦労をして、実際には千人にはならなかったと思いますが、千人針をご存じない方もおられるかもしれませんが、あとで調べていただければわかりますけれど、1人の人にひとつの模様を入れていただくのは1人1針なのです。千人分持っていけば死なないですむだろうということで持たせたのです。親、兄弟、母親たちと一緒になって。そういうことも見ていますので、その時に日の丸を背負って行ったという線で言えば、この日の丸にはやはり太平洋戦争での大きな責任を持っていたと言わざるを得ません。以上です。
委員長(置田武司君) 重山委員さんは紹介委員なのですが、このあと自由討論になりますがよろしいですか。
委員(重山雅世君) [ 23 ]  はい、その時に。
委員長(置田武司君) 私の感想というか、質疑ではないですけれど、私も決して日の丸の旗が戦争に追いやったとは私自身は思っておりません。確かに戦争責任という形の中で東アジア諸国に非常に戦争そのものの悲惨さや残酷さというのは私も戦後生まれですので高度成長期の中で育ちました。その中では戦争に対する認識、戦後の平和教育の中では時系列でこの時にこういうことがありました。例えば45年8月15日には終戦になりました。そのあとにロシアが攻めてきました云々ということで時系列での勉強でした。ただ戦争の悲惨さや残酷さというのは先生そのものから・・・私も父親は戦争に行っております。おじさんも志願兵で行っております。そういう状況の中では家族、家庭の中では常日頃からあまり親父は戦争のことには触れませんでした。大変つらい思い出があったのだろうと、私自身も触れたことはありません、そんなに。ただ戦後学校教育の中では淡々と、その時には日の丸だとか君が代だとかという話は先生もしなかったような気がします。ただ戦後66年経ちました。今、考えるに国の国旗としての日の丸というもの、これは主義、主張いろいろな考え方がございますので、押しつけるものでもないし、押しつけられて新しい国旗がという動きにもないかなと思います。戦後66年経って東南アジア、東アジア諸国に対してはやはり戦争に対する反省と賠償責任、戦争責任を明確にしながら戦後の政治の中でそれぞれの国が対応されてきていると私も理解をしています。その中では今戦争に対するものの深い悲しみは何だろうと。やはり先ほど三田委員が言われたように引き継ぎながら教育という場の中で戦争を教え、また家庭の中でそういう話をするということはもちろん大切なことだと思います。それに対する日の丸に対しては掲揚した中で尊敬の念を持ちながら愛国心、また独立心を養うという意味合いからしても非常に大切なことではなかろうかと。議会も公式の場と思いますので、掲揚に対する中止の請願というのは地方議会、議会の議場の中のことですから、いろいろな町民の方の考え方はあろうかと思いますが、私はこの気持ちの中では、議場に国旗、町旗、道旗もあってしかるべきかなと実は思っております。質疑にはなりませんけれど、感想を述べさせていただきました。
 特に質疑がなければ参考人の方にはここで席を傍聴席へ移動していただいて、これからの議会運営委員会の質疑、自由討論という形の傍聴いただけると結構かと思います。うちの議員の中からまだ質疑等がございましたら、お受けいたしますが、ないようですか。

                          〔「なし」という人あり〕

委員長(置田武司君) ないようですね。では請願第1号についての参考人質疑はこれをもって打ち切ります。参考人の皆様には大変お忙しい中早朝よりご出席をいただきましてありがとうございます。これより参考人から傍聴席に移っていただき、自由討議、討論、採決の順で進めてまいりたいと思いますがご異議ありませんか。

                          〔「異議なし」という人あり〕

委員長(置田武司君) ご異議がないようですので、そのようにいたします。参考人の御三方に対しましては非常に貴重なご意見、ご説明をいただきまして誠にありがとうございました。ここで休憩に入ります。

                          休憩  午前10時26分

                          再開  午前10時27分

委員長(置田武司君) それでは再開をいたします。これより自由討議、討論、採決の順で進めたいと思っておりますがご異議ございませんか。

                          〔「異議なし」という人あり〕

委員長(置田武司君) 異議なしと認めます。それでは自由討議に入ります。皆さんから活発なご意見をいただきます。重山委員。
委員(重山雅世君) [ 24 ]  先ほどの参考人質疑の中で同僚委員の質疑を聞いていまして、その中で若干私のほうで逆に委員の方にお聞きしたいと思います。
 請願の趣旨の中に「論議もなく短時間で」ということについて、そうではなかったというような発言があったかと思いますが、実際上は全員協議会の中で議長が発案されて、まず副議長いかがですかと。そうしたら国民の8割は賛成していると。では次の方、友成議員はスポーツ関係ですから僕はいいですという感じでしたよね。それから大井議員のところにいったら常識の範囲です。それだけです、意見を言った方は。あとはどうですかと聞いても、いいです、いいですと。私は侵略戦争の旗印で使われたとか、それからイタリア、ドイツなどもやはり戦後国旗を変えているとかそういう話をして反対だと言いました。でもそれ以上の議論ではないですよね。意見表明みたいな感じだけで、では次回から掲揚しますと。それが実態です。ですから論議もなくというのは、私にしたら論議もなく決められたと。10分足らずで決まりましたから。それも参考人の方が言われたように全員協議会という議決機関ではない意見調整の場で決められて、そして数の力で9月の定例会の初日には掲揚が強行されていたというやり方について本当に認めるわけにはいかないと私はそう思うのです。そして参考人の方も言われましたが、今までずっと何年もやってこないでいて、ではどうしてなのですかという点では議員の皆さんはどう思っているのでしょうか。どうして今あげなくてはいけないのか、その点でお尋ねしたいです。
委員長(置田武司君) 友成委員。
委員(友成克司君) [ 25 ]  1点目の件ですが、先ほどもちょっと説明させていただきましたが、重山委員の議会に対する姿勢、こういう表現をされたことが私は残念だと思うのです。今、毅然とした姿で言っていただいたことをなぜ、言わなかったのか。内容はともかく、皆さん方の意見が賛成だったと。重山委員が反対で。それであれば、今言われたようなことで毅然として時間をとって、これを協議して出したいという姿勢がなかったということが私は残念だということなのです。
委員長(置田武司君) 重山委員。
委員(重山雅世君) [ 26 ]  場所が全員協議会ですから。私はどちらにしましてもこの問題は全員協議会でみんなの意思の確認はしたと。でも後日、本会議場で補正予算なり、日の丸を買うだとか、掲揚するための準備にお金がかかると。それは局長に確認したのです。当然補正予算出るよね、その中で十分に私議論させてもらうからということだったのです。でも、現実的にあとから聞いた段階では実際はお金は一銭もかからなかった。お金がかかる、かからないという問題ではないです、現実には。町民の見える場所できちんとした論議ができなかった。あくまでもあれは全員協議会ですから。意見調整の場ですから。ですからそこで論議、喧々諤々とやる中身ではないですから。私は後日、本会議場でやると予定でいたのです。でも現実にはそれがやられなかった。そういう経緯があります。
委員長(置田武司君) 友成委員。
委員(友成克司君) [ 27 ]  このことに固執することはないと思うのですが、局長と話したというのはあのとき出てこないわけですから、その中でも何回か議運があったわけですから、それであればその時に確認をしてほしかった。チャンスがないということではないのですね。思い違って、これがそのまま国旗掲揚につながらないと思っていたということですけれど、議運があったのですから、その経緯の中で重山議員の信条を語っていただきたかったと私は思います。
委員長(置田武司君) 重山委員。
委員(重山雅世君) [ 28 ]  私の信条というか、発言の場というのは本会議場でやれると思っていました。そういうことです。あくまでも全員協議会の中で終わりだとは捉えていませんでした。そういうことです。
委員長(置田武司君) 大西委員。
委員(大西勝博君) [ 29 ]  先ほどから言われていますけれど、全員協議会で決定権はないと言われますけれど、議員として13名の議員さんで意見調整をする場ということですよね。そういうことを理解されているのであれば、もうひとつ議場については、これは議会の関係ですよね。いいですか。町民の皆さん、それからいろいろな形の中で、議会の中でどういうことをやっていくのかという中で、たぶん全体会議の中で議員に私は聞かれたと思っていますし、私は掲揚について問題はないと思いますし、賛成ですし。というのはいろいろな意味で批判だとか反対される方はおられるかもしれないけれど、確かにそうですけれど、やはり自分自身を律するためにもやっても不思議ではない。そういうふうに考えています。そして、議会というのは町民のために動くことですから、議場のことと議員の中の問題について、それが掲揚のどうのこうのという話には発展しないと思うのです。ですから反対される方もいます、逆に賛成される町民の方もいます。そのことはどういうことなのかということを考えていただきたいと思います。
委員長(置田武司君) 重山委員。
委員(重山雅世君) [ 30 ]  請願の趣旨をしっかり読まれると今の質問というか、意見が書かれていると思うのです。これは議員の中のことではないのです。そして、全員協議会の中にもきちんとどういう位置付けのものだということもきちんと地方自治法に出ています。議場も一部の議員のものだけではないのです。町民のものでもあるわけです。そうですよね。全員協議会というのは町民の見えないところで話し合って決めるところではないのですということなのです。意見調整の場なのです。だからこういう問題は今回たまたまこういう請願が出たから本会議場でもやって、町民の見える中で質疑ができます。そういう形にはなりましたけれど、手続き的にまず私はどうだったのかなと。すごく乱暴なやり方だと私は率直に感じているわけです。
委員長(置田武司君) 大西委員。
委員(大西勝博君) [ 31 ]  私が思うのは、請願という問題については行政だとか、それからいろいろな形の中で住民に関わることに関しての請願という問題はわかります。ただ、この中で議場の中のいろいろな形の中で、議場の中のひとつの例えばレイアウトだとしたら、言葉としては乱暴かもしれませんけれど、そういう中としてはごく自然だと私は考えます。ですからそのことに関していろいろな意味で極端に過敏になる必要はないと私は考えます。
委員長(置田武司君) 議長。
議長(鵜川和彦君) [ 32 ]  確認したいことがあるのですけれど、議場の使用権については、局長、議長の専権事項という認識でいたのですけれどどうなのでしょう。
委員長(置田武司君) 事務局長。
事務局長(衣川秀敏君) [ 33 ]  議場の管理権、それから議場の使用権というのがありますけれど、議場の管理権については町側に当然あります。議場の使用権については議長に権限がございます。そういうふうに私は認識しています。
委員長(置田武司君) 議長。
議長(鵜川和彦君) [ 34 ]  使用権は私にあるということですので、今、全員協議会のお話が出ましたけれど、本来であれば議会運営委員会でかけたことは全員協議会に最後にはかかるわけです、いつも。議会運営委員会に諮ったことは最終的に全員協議会で諮ると。それは今議会運営委員会に諮らないで全員協議会で話をしたということですね。私は議長の使用権を今やるにあたり皆さんの意見がどうなのかということを聞いて今回実施になったわけです。先ほど佐藤さんから、なぜ掲揚したのかという話がありましたけれど、我々は国のシンボルである国旗、日の丸というのではないですよ。国旗が日の丸ということは法律で決められているのですから。その国のシンボル国旗と町のシンボルは町旗、これを掲げるのは我々にすれば普通の光景である。今写真を持ってきたのですけれど、前に臼杵市に行ったときもこういう形で写っているわけですが、例えば国際大会とか、それから民主主義の場というのですか、そういう時は必ず国旗が掲げてあるわけです。それが国でも栗山町でも来る時には町旗と国旗は掲げてあります。私はごく自然の民主主義をやる場として当然のことということでやったわけです。その当然のことの認識を私の考えがまちがっているかどうかということで全員協議会で皆さんの意見を聞いて、12対1ということで12対1というのは6対7とか8対5というのではないのです。12対1というのはコンセンサスを得た。全員一致なんていうことは何のときでもありえませんので、そういう形で我々は導入をしたということでございます。
委員長(置田武司君) 重山委員。
委員(重山雅世君) [ 35 ]  議長の役割というのは地方自治法第104条に出ています。この中で議長というのは議場の秩序を保持し、議事を整理し、議会の事務を統理し、議会を代表するとあります。それでこの局長がおっしゃったのは統理権という形ではおっしゃいませんでしたよね。その議長のおっしゃったのは第何条の部分でおっしゃったのですか。
委員長(置田武司君) 事務局長。
事務局長(衣川秀敏君) [ 36 ]  これは実務集というのがございまして、議会の実務集というのがございます。その中でいろいろな質疑応答があるのですけれど、その中で当然市町村の財産及び公の施設は町が管理するというのは当然だと思うのですけれど、議会事務の統理権に基づく管理権は議長にあるとしていますけれど、議場を含めた役場庁舎そのものの管理権という点からすれば、それは町が管理していくべきものであろうけれど、議会の議場など施設の機能面における管理権は議長にあると解すべきということで、財産管理権は町だけれど、使用管理権は議長にありますという実例がございますので私はそれを述べました。
委員長(置田武司君) 重山委員。
委員(重山雅世君) [ 37 ]  そこに日の丸掲揚があたるかどうかは法的にどうのこうのという部分でははっきりした中身ではないと思うのです、現実的には。それと国旗が日章旗だと、でも法制化した段階で掲揚してくださいと、そこまでは条文では謳われていないのです。あくまでも掲揚の義務はないのです、法制化されても。それと空知管内の町村の中でも事務局でまとめていただいた7月段階では14町村のうち5つしか掲揚していません。道内の市の状況は35のうち6自治体だけです。ですから圧倒的に掲揚していない自治体のほうが多いのです。それから国旗だから掲揚したと。国の象徴ということなのでしょうけれど、やはり国の象徴というからには、国民みんなが愛してそれに尊敬の念を持てるようなものにする、やはり国民的合意が必要ではないかと。そういう討論もなくて法制化されたというのがこの間の事実なわけです。ですから先ほど同僚議員の中で対案を出したらいいのではないかと。率直に言ってわが党で、こういう旗がいいではないですか、日の丸とどちらがいいですかと、そういうことを提案する中身の筋合いのものではないのです。国民的に議論を起こして、例えば日本を象徴する都道府県47があるからとか、そういうような国民的な話し合いを一度もしない中で決められたのが日の丸ですよね。うちのほうで政党として対案を示してどうですかと、そういう筋合いのものではないのです。国民的な討論もなく決められてきたと。そしてそれが今の日の丸ですから。そして掲揚の義務はありませんと。法制化してもそうやって言われているわけですから。義務化されていないものをどうしてやるのですかと。
 それから住民に関わる問題は請願だと。これは十分にこの請願の中には住民に関わる問題なのです。議場の中の単なる、言い方あれだと言っていましたけれど、レイアウトと、そんなものではないのです。いろいろな考えの方がおられる。それを十分承知して議会としては結論を導くべきだと思うのです。住民の声ですから。
委員長(置田武司君) 議長。
議長(鵜川和彦君) [ 38 ]  住民の声と今言われましたけれど、住民の声もそういう声もあるけれど、違う声もあるわけですよね。ですから民主主義のルールというのは今盛んに議論がなしに国歌国旗法というのですか、決められたということなのですけれど、実際に決まったのです。これはそのときの政治体制で多数派を占めて・・・それだったら対案を出して、この国旗を廃案にすればいいのではないですか。それは、けれど国のことなのです。今の日の丸のことについても国で論議あるというのは重々承知なのです。しかしこれは国レベルでやることなのです。我々地方自治でやることではないわけです。私はそう認識しております。ですから、今の国旗と国歌に関する法律につきましても、我々が論じる問題ではない。地方議会で論じる問題ではないということです。私はそういう認識です。ですから、それは国で決まって、国旗は日の丸で、国歌が君が代と決まっているわけです。日の丸掲揚という形に今こだわっていますけれど、我々は国のシンボル、町のシンボルで国旗と町旗を掲げたのです。
委員長(置田武司君) 重山委員。
委員(重山雅世君) [ 39 ]  全員協議会の中で町旗の掲揚のことは一言も触れていません。
議長(鵜川和彦君) [ 40 ] そんなことはないです。そうではないです。国旗と町旗と言いました。
委員(重山雅世君) [ 41 ]  私はそれを聞いていません。
議長(鵜川和彦君) [ 42 ]  全員協議会で言った言わないの話ではあなたはドイツとイタリアも話もしなかったです。変えたなんて話は。今日、稲毛参考人は言いました。けれど、全員協議会でドイツが国旗を変えた、イタリアも変えたと皆さん聞きましたか。そんな話は僕は聞いていません。
委員(重山雅世君) [ 43 ]  どちらにしましても国のレベルの問題だと。法律そのものは国で決めました。でも掲揚を義務づけるものではない。そういう形もあるわけです。ただ本当に国旗は日章旗、国歌は君が代。それだけの文章の法律です。だから皆さん、お家で日の丸を買って掲揚してくださいと、そこまでは踏み込んでいないのです。それはなぜか。内心の自由を踏みにじるからです。ですから、あの時の野中さん自身もそういう形で、決して何ら国民の生活に影響や変化が生じることはないと。これは国会の質疑とか政府の答弁でも明らかです。だから議会に日の丸を掲揚する義務は一切ありません。法律は国歌としては決めたと。それだけですから。掲揚しなさいと、そこまでは義務づけしていないのです。それをなぜ国で決めることだと言いつつ、うちでやるのですか。国がそこまで命令していないのです。
委員長(置田武司君) 友成委員。
委員(友成克司君) [ 44 ]  先ほどから参考人の人たちからも戦争の歴史背景を聞かせていただきました。私たちも戦争の悲惨さというのは温度差、スケールは違いますけれど、みんな持っているのです。委員長、思想の相違ですから、いくら論議しても平行線なのです。ですから少し進行していただきたいと思います。お願いします。
委員長(置田武司君) 今、友成委員からそれぞれここに思想、信条というものには合致するところがどうも、このメンバーの話の筋道からいくと交差するような合致点が見当たらないという判断をいたしますが、さらに自由討論等ございますか。

                          〔「なし」という人あり〕

委員長(置田武司君) それでは自由討論はないということでございますので、自由討論を打ち切りたいと思いますが、ご異議ありますか。

                          〔「異議なし」という人あり〕

委員長(置田武司君) なしの声でございますので、続きまして討論に入ります。請願書に対する討論でございますので、反対討論を先にということでルールでございますので、反対討論のある委員の方から挙手をお願いいたします。友成委員。
委員(友成克司君) [ 45 ]  ただいま申し上げましたように、日本国民が孤独にされた戦争の悲惨さは十二分に承知をしているところであります。そのうえで国民は時代背景を鑑みて未来を見つめなおすということも肝要ではないのかなと思っております。国民の大勢が容認しています国旗は日の丸であります。日本人のシンボルとして国旗のもとに粛々と今後の議会活動を奮励していきたいと戒めて思うところであります。
 請願の趣旨から申し上げますと、総意の妥当性という言葉がございますが、議長が申し上げた12対1という数字が出ておりますけれど、実現の可能性のないもの、これは妥当性を欠いたものという解釈をするという1項がございます。ですから私は不採択ということで意見を述べさせていただきました。
委員長(置田武司君) 今、反対討論がありましたので、請願書に対する賛成の討論を求めます。重山委員。
委員(重山雅世君) [ 46 ]  私は賛成の立場で討論いたします。
 請願の趣旨、その理由の中に日の丸に抱く町民のさまざまな感情を考慮しなければならないと述べています。今、自由討論の中でもありましたように、日の丸に対して尊敬の念を持っていらっしゃる方がいる一方で、強い抵抗感を持っておられる方も町民の中には私を含めておられます。過去の太平洋戦争でアジアの諸国に2,000万人を超える人々、それから日本国民は300万人もの尊い命が犠牲になりました。その時の軍国主義と侵略戦争の旗印として使われた日の丸です。ですから、戦争の悲惨さを伝えるというのであれば、この日の丸イコール戦争と結びついたものであると私はそのように考えますし、中国とかアジア諸国の方は、今でも日本に支配された側からみれば抑圧の象徴なわけです。そういう日の丸なわけですから、やはり抵抗感を持っておられる方もたくさんおられる。ですから1999年8月の法の制定されたときの世論調査の中でも、国会での成立にこだわらずに十分に論議すべきとか、法制化に反対とか、そういう声を合わせたら58%に達しています。国民の多数が日本の国旗、国歌をどういうようにしようではないかという国民的な討論を求めて大きく賛否が、世論が二分されていたのです。今66年経って大勢は容認かというお話がありましたが、現実的にこれは賛成派、反対派が大きく分別せざるを得ない極めて政治的問題をはらんだ象徴として存在し続けているわけです。私は議場というのはほかのいかなる場所よりも思想・信条・信仰の自由が保障されなければならない場所だと思っております。その中で多様な町民の声を町民の代表として議員が議論を戦わす場ですから。特に議会制民主主義が保障されなければならない。少数派だから排除すべきではないと思います。
 請願の趣旨にもあるように中立・公正が求められる場所です。そして多様な考え方の町民が傍聴する場でもあるわけですから、数の多数でひとつの価値観を持ち込むことは絶対に許すわけにはいきません。そして法制化の当時でも国旗の掲揚などに関しては義務づけないとか、国民の生活に何らの影響や変化が生じることはないと国会審議とか政府答弁でも明らかにしていますから、これを国民に強制すべきではないと。法律の趣旨というのは国が公的な場所とか国事の行事などで公式に用いることであって、個々人、議場などに対しても掲揚を義務づけるものではないと思うのです。
 これまで栗山の町議会は62年にわたって議場に日の丸を掲揚しないで、地方自治の発展のために力を尽くしてきました。あげなかったことによる支障は何もありません。そして日の丸の掲揚に抵抗感を持っている議員にとっては日の丸の掲揚されている議場で発言を強要されるということは内心の自由の侵害なのです。ですから憲法19条、思想・信条・信仰の自由、その文で憲法違反だと思うのですね。内心の自由を侵されていると。ですからこの請願の趣旨に当然賛成でありますし、賛成の立場で以上を表明して賛成討論といたします。
委員長(置田武司君) 反対、賛成の討論が両委員から出されたわけですが、次は反対の討論に移りますが、反対の討論はないようですので討論を打ち切ります。よろしいですか。

                          〔「異議なし」という人あり〕

委員長(置田武司君) ご異議がないようですので、それではお諮りをいたします。請願第1号 栗山町議会議場の「日の丸」掲揚の中止を求める請願について賛成の皆さんの挙手を求めます。

                          〔賛成者挙手〕

委員長(置田武司君) 挙手少数。よって請願第1号については不採択と決定をいたします。以上で付託されて案件が終了いたしましたので、ここで休憩をいたします。

                          〔日程3省略〕

閉会 午前11時32分